支援報告
2005年1月31日
親愛なる友人へ
津波が起きてから一ヶ月以上になります。被災地域の大部分では物理的な傷はほぼ癒え、瓦礫は取り除かれました。しかし人々の心の傷はまだ残っています。前回の報告でお話したように心の傷を癒すには時間がかかります。
パラップア避難所について大ニュースがあります。ファイバー・グラス製カヌーの型が出来上がりました。ヘマンサと避難所の仲間がこの型を作りました。なかなか難しく苦労しましたが、30日(日)までになんとか型を完成させました。今日、1月31日には第一艘目のカヌーを型にいれて造る予定です。何より驚いたのは、そして嬉しかったのは、各々の型に関わった正確な時間と人を彼らが記録していたことです。ゴスペル・ハウス(GH)は型の制作に対しチームに60USドルを支払いました。
 
パラップア避難所の漁民が結成した共同体、漁業復興組織(RFS)は法的認可を受けるべく、弁護士事務所と協力してスリランカの会社組織として登録します。これに関してはGHがお手伝いをしています。これによって、RFSは社会の中で更に認められるようになるはずです。またGHは円滑に組織が運営されるよう、同組織の委員会やメンバーに研修を行う予定です。そしてゴスペル・ハウスが始めた所得創出プログラムに主に力を入れていきます。
GHは、RFSの女性たちが仕事ができるようココヤシ繊維を撚る器具を発注しました。この器具は2月4日にはRCCに届くはずです。当初20台の器具をRFSに納品し、後からRCCの女性に一台ずつ機械を納入します。セメントブロックの製作プロジェクトも開始したいのですが、政府のお役人はセメント・ブロックを作る機械を動かすための一時的な電気の供給をなかなか避難所に許可してくれません。RFSとGHは地元有力者とともに一時的な電気接続を確保しようと頑張っています。
またGHは、オランダのNGOが送った救済物資入り20フィートのコンテナが社会事業局長に差し押さえられるという困難にも直面しています。NGOのディレクターは現在私たちと一緒にスリランカにおり、私たちは何とかしてこの救済物資をパラップア避難所に届けようと躍起となっています。スリランカ北の団体に先週届いた救済物資という名目のコンテナから軍事物資を満載した荷物が数個見つかってからというもの、スリランカ政府はいかなる民間団体に対しても今後救済物資の受け取りや配布を認めていません。国際NGOや国際援助組織だけが救済物資の直接受け取りを認められています。
GHチームは津波に会って助かったダソンと会いました。ダソンはコンピューターの授業に非常に興味を持っていました。「授業を受けるようになってから、ダソンはいつもコンピューターについて話をしています。見たり聞いたりはしていましたが、ダソンが本当にコンピューターを勉強するのは初めてのことです。津波で死んでしまった母や兄弟たちに、パソコンに向かって勉強している姿を見せることができればよかったのに、とダソンが話すのを聞くと私の胸はいっぱいになります。」とダソンの父、ダーマシャリは言います。ダソンは初心者のための英語コースもとっています。
GHチームはジャヤダサの家を訪ね、セメント・ブロック製造の機械を動かすための新品のモーターを贈りました。また、GHはジャヤダサの息子のチャミルにGCE上級レベルの新しい教科書一式と練習帳を贈りました。
GHチームの今回の訪問は大変短時間に終わりました。避難所の一時的な電気供給や救済物資の受取りを交渉しにハンバントタ地方の政府役人と会うために、長距離を移動しなくてはならなかったからです。
被災地復興のための基金設立の会合を初めて持とうとしています。2月2日(火)の午後7時からです。基金の活動目的について草案を作成し、会合にて評価と承認をしてもらう予定です。もう一つの吉報があります。このプログラムの活動を指揮するプロジェクト・オフィサーが決まり、基金のメンバーは彼と明日面接を行う予定です。
次回の訪問でGHチームは、避難所に子供たちのための学校の制服(各2)の着替えと、また保存食のストックを贈る予定です。
ご支援くださった皆様に心より感謝をこめて
皆様に神様のご加護がありますように。
GH
モデスタス・カルナラトネ
| GH支援報告 |
 |
 |
 |
 |
2004年
12月30日 |
2005年
1月10日 |
2005年
1月18日 |
2005年
1月31日 |
|